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3.先祖たちと我々

1)我々を見下ろす先祖たち

皆さんが霊界に行くなら、先祖たちが現れるでしょうか、現れないでしょうか?(現れます)。「あ、うちの孫たちが統一教会に入って、文先生に会ったって!」そこで天国の宮殿、皇族が始まるのです。今まで天国に宮殿がありませんでした。

では、真の父母が教えてあげたとおりに、ただ愚鈍でしろと言うとおりにする孫と、殻を取り去るようになって、自分の思いどおりにスルスルとウナギの子のように抜けていく孫娘を霊界から先祖たちが見るとき、どちらを褒めるでしょうか? ウサギのようにする孫娘を褒めるでしょうか、亀のようにする孫を褒めるでしょうか?(亀のようにする孫を褒めます)。亀のようにする人を褒めるのです。「あ、私は先に来た!」と言って眠るウサギのことです。ウサギは小便をよく漏らすのです。(笑い)亀はよく分からないでしょう。小便を漏らすのを見られませんでした。ウサギはですね、少し行くと小便を漏らして、少し行くと小便を漏らしてそうなのです。それがなぜそうか? 自分の領土を決定するために、小便を漏らすのです。他のものたちが来られないようにです。

亀のようにしなければならないのです。しろと言ったらして、夜が来ても昼が来ても、歳月が流れても、ただ春夏秋冬を忘れて、まめに行く人は、皆歓迎します。あの世のすべての先祖たちが、皆さんの暮らしを皆見ています。どこか隠すところはありません。先祖たちが全部見ているのです。霊界に行くようになれば、壁も皆通じるのです、どこでも皆。地球のかたまりも、皆通じるのです。

そのような世界に行って、永遠に暮らさなければなりません。神様の愛の対象として、創った人間であるために、神様が永遠であられる限り、愛の対象になる存在も永遠に必要なので、神様が永遠であられるように、我々も永遠なのです。愛の相対にならなくては、永生がありません。はっきり知りなさい。行ってみなさい。そうか、そうでないか。

あの世では、どんな人がいちばん高い位置に行くか? 千年万年、自分が再び生まれて、神様のように人類のためにし、神様に同情し、神様を慰めることができる自分になるという、その人が神様の前にいちばん近くに行くのです。良いものがあれば、全部人類のために使おうとしてです。そうではないですか? おじいさん、おばあさんが行く日が近ければ、良いものは全部息子娘の前に残してくれるでしょう? 自分が努力したすべての代価を譲ってくれるのと同様に、そのような心を世界人類の前に残してあげると言い、世界の前に何かを譲ってあげると言える生活をしなければなりません。(二一三\一九六)