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我々は、アダム・エバについて、今まで数千年下ってきながら、数多くの人類が讒訴したことを知っています。今、皆さんを中心として、皆さんが新しい先祖になるのです。皆さんの後代の前に讒訴されうる先祖になるか、栄光を受けうる祝福の先祖になるか? この二つの道に立ったのです。アダム・エバが公的な立場に立てなかったことによって、讒訴の条件を残しましたが、より公的な立場に立って犠牲の道を克服したら、今日の人類の後孫の前に讒訴されなかったであろうことは、当然の道理なのです。皆さんもそのような立場に立ったということを知るべきです。ですから、皆さんがいつも考えるべきことは、「三世代を代表した私だ」ということです。三時代を代表した自分…。
それゆえ、霊界が自分の手にかかっているということを知るべきです。皆さんの先祖たちが、皆さん自身にかかっているということを知るべきです。自分がついていくとき、このようになります。(板書しながら語られる)ここにこのように、何かが走ってきたものを全部このように集めて、二つを合わせて引っ張っていけば、走ってくるのです。過去、現在、未来…。そのような使命を果たすべきです。それは、言葉だけではなく、事実がそうなのです。
ですから、霊界が自分の手にかかり、親戚が自分の手にかかり、親戚だけでなく国が自分の手にかかり、その次にはこれから来る後孫の前に正しい伝統を立てておかなければならないのも、自分の手にかかっています。これをいつも考えるべきです。皆さん自身一人が、うまくするかできないかの如何によって、霊界に行った皆さんの先祖たちも解放することができ、皆さんの親戚たちも解放することができ、皆さんの後孫たちは解放の選民として策定されうるのです。(六六\七六)
神様が六千年間標的を合わせるのにですね、六千年間合わせようとしましたが、今まで一つの標的にも当たらなかったのですが、今何万年を撃ってぴたりと当たったのです。(拍手)その合う時間を考えればですね、いちばん眠気がさすときです。いちばん眠気がさし、いちばん疲労困憊するときなのです。神様がそのとき居眠りしますか? 疲労困憊の状態でいるでしょうか? 神様自身が撃つとき、疲労困憊して眠気がさすかささないかというとき、気を付けて撃ったのです。では、そのとき撃ってからですね、居眠りして疲労困憊して倒れるでしょうか? 眠くて横になりますか? どうするでしょうか? どうしますか?(喜ばれるでしょう)。神様が体面も何もなく「うわ!」と喜ばれるのです。(歓呼、拍手)。
さあ、霊界ではどれほどあきれるでしょうか? 天使世界から見るとき、「ああ、天使長が、天使が過って神様をあのようにしておいたのに…。」と言い、どれほどあきれるでしょうか?「ああ、どうか合え、どうか合え!」このように願ったのが、何万年続いたのに、それがぴたりと的中したら霊界がどうですか? うわ! 考えてみなさい、そうか、そうでないか。考えてみなさい。
また、この世界の人たちが、そのような素晴らし所があるなら、そのような場所で入場料をもらって入場券一枚に一万ドルするとしても、買って入るでしょうか、入らないでしょうか?(入ります)。そこにありとあらゆる人たちが来て「ああ、チケットだけ損した!」と不平を言って出たのに、後で人一人が、その町内のある乞食がお金を借りて、物乞いして、チケットを買って入ったら、そのとき神様が標的を合わせるのを見たらどうでしょう? 乞食がどうするか考えてみなさい。乞食がそこで踊りを踊るでしょうか、踊らないでしょうか?(踊ります)。
さあ、そのようになれば、神様も気分が良くて誇るでしょう。「おい、当たった、当たった! 誰かいないか? 誰かいないか?」このように探すのではないですか? そのとき、神様がその乞食を見たら「おい、こいつ乞食よ!」そう言うでしょう?「ああ、嬉しい。」と言って踊りを踊られるでしょう。
そうして、会ったその日からはですね、神様が歩みをどのようにするでしょうか? このように歩きますか?(歩くのを真似される。笑い)「この五番街がなぜこんなに狭いか、なぜこのように狭いか?」そう言うでしょうか、「ああ、道が広い!」そう言うでしょうか? 考えてみなさい。それがそのようですか、そうでないようですか?(そのようです)。(一〇三\八七)