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ですから、愛勝日というものが何かというと、先生の時代において、サタンが家庭圏を中心として侵犯して入ってくるその死亡圏を食い止めるのです。何で食い止めるか? 愛で。息子が死んだとの同じですが、死ぬ前\死んだらいけません\病院から最後の時間が来るということを知って、\そこで死ぬという考えが先立ってはいけないのです\この処理をしなければなりません。これは忙しいのです。この処理を全部しなければならないのです。
それゆえ、興進が行く前に、統一式を病院でしたのです。「父とおまえは一つだ」こうです。分かりますか? 父とおまえは一つであるために、父が生きている限り、おまえをサタンが勝手にできないというのです。こうして、祭物台に掲げることによって、サタンが統一家に侵犯しようとしたすべてを防御するのです。霊的世界の勝利の版図を、神様がイエスを中心として霊的世界で祭物を捧げることをなしたことを、地上で父母様が、愛された息子を祭物に捧げることと関連づけるのです。そうすれば、それは地上世界でなしたことになるのです。父子の関係の肉的実体圏を中心として、霊的世界の版図の父子関係の天国理念をつなげるのです。そうすることによって、どんなことが起こるかというと、天上世界と地上世界に橋を架けるのです。また、そうする時が来たと思います。二一年を越えては、そのような時なのです。
霊界にいるすべての霊人たちが、天国に入ろうとするには、地上で父母様の愛を受けて行かなければならないのです。そうではないですか? それゆえ、サタンが反対する立場にいますが、興進君が霊界に行くことによって、三次七年路程をすでに勝利したその基盤の上に、条件的に勝利したその基盤の上に立って、あの世に行くことによって…。父母様の版図ということは、家庭的な版図だけではありません。国家的基準を越えて、世界的蕩減条件を立てることができる条件的基準を皆越えたのです。
こうすることによって、霊界に興進君が行きましたが、誰がお兄さんかというと、興進がお兄さんです。分かりますか? 愛を地上で完全に受けて、地上の王権を代表した父母様を中心とした愛の代表者として霊界を接触させるために行ったのです。このようにすることによって、すべての…。結局は、再臨してなすことを地上で皆なして、再臨するのではなく昇天して、地上の権限を天国の勝利の版図に接ぎ木するのです。それゆえ、興進君が中心です。
それで、この頃は、霊界を見る人たちがそうです。昔は、イエス様が一人で来てそうだったのに、今は変だと、中国人のような人を前に先立たせて侍って来ると言うのです。霊通する人たちがそうなのです。それがなぜそうなのか分からないでしょう。これがつながることによって、そうなのです。この橋を架けることによって、イエス様にあった霊界のすべての権限が、興進君の権限に入るのです。分かりますか?(一九六\二六四)