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1 ファンダレイジングと伝道とは何か
アダムは神様が創造した万物を蹂躙し、人間を蹂躙し、また愛を蹂躙したので、私が万物に対し礼儀を備え、人に対する礼儀を備え、神様の愛に対する礼儀を備えなければなりません。
この道は商売に行く道ではなく、この道は伝道に行く道ではなく、運命的蕩減の道を行くのです。必ず行かなければならない道です。先生はこれをすべて知っている人です。皆さんは「ああだこうだ」と言いますが、どれほど難しいことか、すべて知っています。どうやっているかも、すべて知っているのです。さあ、そうして先生が「それはこうせよ」と教えてあげれば、「私はこうやりました」と言えなければなりません。先生にすがり、駄々をこねることもできなければなりません。(笑い) そうすると、先生はどうするのですか? 神様もどうしようもありません。さあ、愛ですがりつくのにどうするのですか? (九四―二七一)
皆さんは今、先生がこういう価値ある訓練をしているのですから、それの本当の意味を受け入れなければならず、本当の意味を消化できなければならず、喜びでできなければいけないのです。「経済活動をするのは万物を近くで愛することであり、伝道するのは人を愛するためのものだ」と言うとき、どれほど素晴らしいでしょうか。ファンダレイジングは自分の習慣をつくるためのものだというのです。自分が愛をもってそうなれば、あの世へ行く時、その習慣性をもってその世界へ入ります。梯子がそのまま架けられるようになるのです。同じことです。それはすべて登るためのものです。(黒板に書かれたものを示されて語られる)
そうすれば、あの世へ行って愛の化身とならざるを得ません。愛に対する理想的な完成者とならなかった時は、そういう訓練過程を経て、のちには神様のような神性を帯びた人間に帰らなければなりません。ですから、私は神様のそういう愛の神性から始め、この過程を経て、地上世界から天上世界へ来て、愛の神性へと帰るというのです。神様の息子となるのです。何のことか分かりますか? (はい)。そこまで行かなければなりません。皆さんはそれを考えないでしょうか? (一一八―一一七)
ファンダレイジングとは何ですか? 物を愛したという公証です。伝道とは何ですか? 人を愛したという公証です。そうしてこそ、妻が必要であり、夫が必要なのです。万物を愛することができず、人を愛することができない新郎、新婦を誰が必要としますか? 誰が願うかというのです。誰が願いますか? そういう男性を新郎として侍ろうと、どんな新婦が来ようとしますか? 来ません。そういう女性には新郎も来ません。
では、愛とは何ですか? 物質をもって節約し、惜しんで使うことのできる生活をしなければならないというのです。物質を愛し、その次に人を愛さなければならないのです。人間同士揉まれる社会生活において、どうかすると争いもし、不平も言うものです。不利になると、ああだこうだといろいろ事件が多いのです。そういう生活の中でじっと我慢しつつ、「うん! 愛するから耐えよう」という訓練をしなければならないのです。(一一一―一七八)
2 蕩減復帰すべき二つのこと
私たちが復帰路程を行くにあたって、なぜファンダレイジングと伝道を重要視しなければならないのでしょうか? それは摂理的に見るときに、神様が創造したものを人間がすべて滅ぼしてしまったので、私が再創造しないといけないからです。再創造するためには、神様が精誠をささげたので、私も精誠をささげるときにその条件が復帰されるのです。何のことなく、遊びながらするのですか? (いいえ)。神様がこの宇宙を造る時、遊びながら、踊りながら造ったのではないのです。精誠をすべて尽くして造ったのです。神様が創造なさった時のように、私が再創造するのが復帰の道です。
歴史的に見るとき、これ(ファンダレイジング)は旧約時代を越えるための方法です。それを知らなければなりません。旧約時代は物質で祭祀をささげたのです。蕩減復帰するには物質で祭祀をささげ、勝利しなければならないのです。そうでしたか、そうではありませんでしたか? (そうでした)。
完成しなければならないのです。これをパスしてこそ、その次に新約時代に入り、伝道できるのです。人に相対できるというのです。分かりますか? 教会で提示する経済基盤を立てることにパスしてこそ、伝道できます。伝道とは何ですか? 人を創造しに行くのです。人を再創造しに行くのです。そのまま伝道すればいいのですか?
ここで考えなければなりません。「経済問題を復帰しようとしてどれほど難しかったか、そうやって力を尽くして探したものだから手離せない」、こう言わなければなりません。それを知らなければならないのです。そうやって探さなければならないのです。「そのために私がもっている宝物やあらゆるものを全部投入し、私の汗と涙をすべて投入したから一番貴いものだ」、こういう考えをしなければなりません。
この世ですべて蕩減復帰しなければなりません。霊界から見れば、何が一番貴いのですか? お金でもなく、息子、娘でもなく、国でもありません。蕩減復帰が一番貴いのです。これが一番貴いということを、今力を尽くしてやれば本当に悟るようになります。これを経なければ天国へ行くことができないのです。先生とも関係なく、神様とも関係ないというのです。
それで蕩減復帰、経済基盤、旧約時代を越えなければならないのです。パスしたその次には、どこへ行かなければならないのですか? その次には伝道するのです。行って三年の間に三人、ないし十二人を伝道するのです。十二人を伝道しなければ駄目なのです。そうして何をしなければならないのですか? イエス様が三年間に十二名の弟子を探せなかったことを蕩減復帰しなければならないのです。
イエス様が死ぬ時、弟子たちがみな逃げたでしょう? 皆さんが死ぬ時逃げないでいることができる、イエス様の弟子より優れた弟子をつくらないといけないのです。それを知らなければなりません。一人を立てるのがどれほど難しいかを考える時、神様が一人のアダム、エバを探すのがどれほど大変であるか分かるのです。自分の津液を抜かなければなりません。骨が溶けるほど精誠を尽くさなければ残らないのです。分かりますか? (はい)。
三年路程を行き、十二名以上伝道しなければならないのです。そうすれば死にません。死なずに生き残る者となるのです。それで新約時代を越えていくというのです。新約時代がなぜ生まれたのかといえば、イエス様が死ぬことによって生まれました。十二弟子をすべて失ったので死んだというのです。その新約時代を越えるには、十二弟子以上になれる人を探し、神様を愛し、人類を愛せるメシヤの代身者にならなければなりません。(九六―一一五)
3 三十歳前に成すべき公式訓練
何、ファンダレイジングが嫌? この者は! なぜファンダレイジング訓練が必要なのですか? 皆さんが仕事をするにはお金が必要です。お金は誰もくれないのです。それを知らなければなりません。自分の手でつくらなければなりません。今日の世界的な基盤は全部私の手で整えたのです。私の手でつくったのです。誰かがしてくれたのではありません。
皆さんの一生の間、経済問題はついてくるのです。これがサタンです。これがいつもついてきますが、本来は引っ張り出さなければならないのです。経済問題が反対に引っ張っているのです。先生は、島国でもどこでも生きていけます。仮に皆さんが全部死んでも、私は生きるというのです。きのこならどのきのこが食べられ、薬草が何で毒草が何で、すべて知っているのです。そして、糸と針金さえあれば釣り竿を作り、魚をいくらでも捕まえられるのです。どこであっても生き残れるのです。いつでも自立できる知恵があります。統一教会では、三十歳前にこれを公式的に訓練しなければならないというのが先生の哲学です。
経済訓練をし、その次には愛の訓練をしなければなりません。七年間です。人から迫害を受けて鍛練されなさい。先生が初めて会った人も、一目見てあの人はどうこうと評価すれば、すべて当たります。それはどうやってそうなったのですか? 人から迫害をたくさん受け、多くの人を経ながら研究したからです。それが必要なのです。「やあ、ムーニー、経済問題に責任を負えるか?」と誰か言うとき、「イエス」と言わなければなりません。「やあ、ムーニー、人間世界に対処する時に、人を外交的な面で料理できるか?」と言われれば、「イエス」と言わなければならないのです。
その次には霊界です。霊界に対するすべての試練と、霊的世界の攻撃に防御できる能力をもたなければならないというのです。それなのに、男性として生まれておいて、どこへ行って世話になって生きるのですか? 経済的に世話になり、無能力で世話になり……。これはもう死んだほうがいいというのです。どこへも行けないのです。なぜ行けないのかというのです。(一一七―二四)
ですから伝道しなくては……。伝道は人の子供を自分の息子・娘以上、自分の民以上に愛することです。自分の兄弟の代わりに、自分の子供の代わりに、サタン世界の誰よりももっと愛さなければなりません。それゆえに、カイン・アベルの基準を中心にして、アベルが勝利すると同時に、そのカインも天国へ連れて入っていくことができるのです。そうしてこそ祝福を受けるのです。カイン・アベルが闘って一つになれないことによってアダムの家庭全部が破壊されたでしょう? これが一つになることによって初めて祝福が成されるのです。それが原理ではありませんか? それが原理なのです。(九三―二八三)
4 ファンダレイジングと伝道のために涙を流す
ファンダレイジングをして涙を流し、伝道して涙を流し……。今、ファンダレイジングのチームリーダーが来て、一つの教会にいながら涙を流さんばかりにし、また伝道する責任者が涙を流さんばかりにし、またその次に責任者が行き、涙を流さんばかりにし、こうして三人が抱き合ってみ旨のために私たちはもっと行こうと激励し、涙を流しながら人類のための十字架を私たちが背負おうと訴えれば、神様まで一緒に涙を流すのです。そこから天国が完成するのです。それが原理的なので、ファンダレイジング・チームと教会と一つにしなければなりません。それが原則です。先生はそう思っているのです。(九七―二二四)
さあ、ですからファンダレイジングをしながら泣かなければなりません。伝道しながらどれほど泣くのですか? 泣く人は福を受けるのです。その次には、生命を巡って心情の世界のためにそれこそ……。朝太陽を見れば、ああして熱い光を下さる神様の愛がどこにあるのかという思いがしなければなりません。ファンダレイジングする人が涙を流し、神様も涙を流してこそ天国に行くのです。そこから天国が復帰されるのです。人間復帰、主権復帰、万物復帰、すべて成るのです。分かりますか? (はい)。
ですから本部にいる人たちも、ファンダレイジングする人たちを、雨が降るこういう時は心配しないといけないのです。雨が降り、霧がかかり、雪が降り、そういう時には心配しないといけないのです。一緒に涙を流さなければなりません。伝道する人も泣いて、そうしなければなりません。そうでなければならないのです。神様まで泣く位置で、地上の王国が形成されることを知らなければなりません。そこから始まるのです。それが分かりますか、何のことか。(はい)。皆さんは統一教会へ入って、信じていると言いますが、祝福を受け、統一教会の何々の責任者だと言いますが、どれほど遠い所に立っているかを感じなければならないのです。(九七―二二二)
今日、この世の人々は経済、お金の問題のために生き、死にます。しかし私たち統一教会の信徒たちは、神様のお金を管理し、神様のお金を稼ぎ、神様のお金を使うと考えなければなりません。愛するにあたっても、私のための愛ではなく、私の国のための愛でもありません。神様を中心とした愛、人類を中心とした愛でないといけません。民族が先ではなく、国家が先でもありません。神様が愛せる、そういう世界が先なのです。何のことか分かりますか? (はい)。夢のような稼業を、一番難しい稼業を現場で実践しているのが統一教会員です。
さあ、その次が伝道です。自分の涙と血と汗を流さなければなりません。人のために涙と血と汗を流し、その次には家庭をもてば家庭のために涙と血と汗を流し、万物復帰のために涙と血と汗を流さなければなりません。経済活動は何でもないし、伝道活動は何でもありません。家庭を一つとし、天の家庭を成すこと以上に難しいことはありません。家庭をもてば、互いに心が合わない時もあるのです。そういう時には我慢するのです。「私が昔ファンダレイジングする時どうしたか、伝道する時にも耐えたのに、愛する夫にこのようにできるのか!」と言って耐えるのです。これは教育です。(九四―二七一)
5 我々の目標と勝利の三つのバッジ
ここに来て行くとしたら、今まで記録を出したそれ以上に走りますか、走りませんか? (走ります)。それで早く帰ってきますか、遅く帰ってきますか? (早く帰ってきます)。それで現在九百名の中で一万二千ドルを突破した人が二十八名です。こうして苦労した人は一遍に出てくるようになるのです。一万二千ドルさえ突破すればいつでも、一年まで行かずに引っ張り出せるのです。四千ドルを三回やれば緑色のバッジをあげ……。七千ドルを二回目ですか、三回目ですか? (二回目になるのです)。七千ドルは二回目になると言えますが……。七千ドルを二回目にすればピンク色のバッジをあげます。一万ドルをやれば白いバッジを……。
ですからグリーンは地を象徴します。グリーンは何かといえば旧約時代を象徴し、ピンクは何かといえばイエス様の愛を象徴し、白は何かといえば勝利を象徴するのです。これは完成を象徴するというのです。また、グリーンは何かといえば万物を象徴するでしょう? そう、すべてのものが青いのです。地も青く、海も青く、全部青いのです。ピンクは人を象徴しますが、人は愛がなければなりません。それは魅力的な光だというのです。ですから大概、ピンクの色を基盤にして、すべての花が咲くのです、濃く、薄く。
その次に白は何かといえば、これは神様を象徴するのです。それで高い山を見れば、そこには青い木があり、その次には岩があり、その次には雪があるのです。すべてこれを象徴するのです。三段階を象徴するのです。木は蘇生を象徴し、岩は長成を象徴し、雪は完成を象徴するのです。すなわち雪は神様を象徴するというのです。そして、磐石はイエス様を象徴するというのです。白いものは神様を象徴するのです。その段階が分かりますか? (はい)。
皆さん、ファンダレイジングする時、一万二千ドルを直ちに達成し、グリーンバッジとピンクバッジと、ホワイトバッジを短期間で取りなさい。ホワイトバッジを受ければいつでも帰ってこられるのです。分かりますか、何のことか。ですから三カ月、その次には二カ月、その次には一カ月やって、六カ月かかってこそ帰ってくるというのです。それでこうやって七数ぶりに帰ってくるのです。グリーンは三カ月、ピンクは二カ月、ホワイトは一カ月、ですから六カ月です、六カ月。そうしてこそ帰ってくるのです。解放されるのです。分かりますか? (はい)。そうして七カ月ぶりに帰ってくるのです。何カ月ぶりに帰ってくるのですか? (七カ月)。(笑われる)
今からはそうなるのです。誰がどのぐらい長くいるのかということです。バッジをいくつ付けて……。ですからグリーンバッジはここにこうして付けるのです。(しぐさをされる) 神山! (はい)。バッジを付けてあげる時は、一番できない人はグリーンで、その次はピンク……。
そして十二名を伝道するのに、その伝道バッジも作るのです。十二名はグリーンバッジで、その次には七十二名はピンクバッジで、百二十名はホワイトバッジです。なぜそうかといえば、イエス様の十二弟子、七十二門徒です。それから復活すれば百二十門徒……。こうなるのです。そうでしょう? それが目標なのです。
そうしてすべてパスしてこそ神学校にも行き、その次は責任者にもなるのです。今後ファンダレイジング・チームリーダーも、それをパスした人たちがやるのです。そして祝福も受けるのです。では皆さん、歩いて行くのですか、駆けて行くのですか、走って行くのですか、飛んで行くのですか? (飛んで行きます)。お尻が重いのに? (いいえ)。持ち上げてけとばせというのです。責任者程度は持ち上げ、蹴れというのです。それでもかまいませんか? (はい)。「ファンダレイジング・チームリーダーが人を打つ」と言って不平を言えといいましたか? (笑われる) それは人権蹂躙ではありません。蕩減復帰には人権が通じないのです。それでもかまわないですか? (はい)。絶対そうしないですか? (九六―一二七)