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三.南北を統一することのできる方案

 今南北統一を控えていますが、南北を統一することのできる方案は何ですか。次元の高い統一の内容を提示しなければ統一は不可能です。以北から以南に来て、また以南から以北に行って、互いに「我々の言うとおりにやろう」と言った場合には不可能なのです。互いに損をする立場では統一ができないのです。互いにプラスになる立場においてのみ可能です。そうではないですか。男女が結婚しても互いにマイナスになる立場においては、一つになることがないのです。それゆえ互いに利益になり得るものを探さなくてはならないのです。(六一―七三)

 皆さん、今大韓民国の南北がかみ合っていません。方向の違う立場から一つは南に、一つは北にと、道が二つに分かれ、各々その目的が違うのです。それを、どのように統一するのかという問題を見れば、事態は深刻です。その主体的な使命を誰が行わなければなりませんか。それを南韓が行うとなると北韓が反対し、北韓が行うことになると南韓が反対するのです。自分自体に執着するような立場では、必ずまた決裂するのです。

 これをどうやって行うかということが問題です。問題は、南韓の誰よりも北韓をより愛する韓国人が出てこなくてはならないということなのです。北韓の人が北韓を愛する以上に、北韓を愛する韓国人が出てくればよいのです。そのほかには模索しても解決方案がありません。南韓の誰よりももっと国を愛する人、北韓の誰よりももっと国を愛する人、そのように一筋の道を行く人がいるなら、そこから統一の方案が出てくる可能性があるのです。そのほかに方法があるでしょうか。いくら考えてみてもその外には方法がないのではないでしょうか。

 それならこの民族はどうしますか。三十八度線を中心に左右から警戒し合っているこの国において、その線上に立つ者たちが我々統一教会の信者たちだとするならどうしますか。これが問題です。問題の解決をどうするのかが問題です。そのためには北韓の人よりももっと苦労をし、南韓の人よりももっと苦労をするのです。これが韓国を生かす近道であり、解決方案です。このように見るのです。弱い世界と善なる世界を統一するのも、やはり同じことなのです。弱い世界の忠臣以上の忠臣が出てこなければなりません。今まで善を指向して歩みきつつ、我々の先祖が立てておいた忠臣の道理以上の忠節を主張することのできる人が出てきて初めて、決裂した歴史を収拾できるのではないでしょうか。

 このような意味から見るとき、イエス様は偉大でした。争う者たちをもってしては不可能なのです。神様のために生き、イスラエル民族のために生きる道は、神様のために死に、民族のために死ぬこと以外にはないと言ったのです。それが十字架の道理ではないでしょうか。人類を愛するに当たっては歴史上の誰よりも深く愛し、神様を愛するに当たっても歴史上の誰よりも愛したがゆえに、滅びるはずの歴史がそこから新たな方向を取って、目的の世界に進出したのがキリスト教文化圏です。それは歴史的な事実なのです。(六一―一二五)

 生きて行く道は一つしかありません。自分をみ旨の前に立て、部落のために犠牲になること、み旨のために犠牲になること、これがイエス様が教えてくれた道なのです。それが伝統的な道です。その道以外には生き残る道がないのです。統一の方案がないのです。だから南北を統一することのできる方案は、南と北のために死ぬことのできる群れとなることしかありません。それ以外に統一することのできる道がありません。(六一―一三六)