人 格


無限に与えることのできる人が、無限に受けることができる。我々は千万の人によく用いられる材料となろう。

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み言で理想を与え、人格で実践を示してあげ、心情で愛を与えなさい。

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神様も「あなたなしには生きられない」と言える人格者となりなさい。

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完全なる人格者になれば生活自体が祈りである。多く祈って無限な霊力に接しなさい。これが原動力となって、生活する者とならねばならない。

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自ら、自分の人格を崇拝できる人となりなさい。万物に対しても恥ずかしくない崇拝を受ける感じがなければならない。その次に「私を見習いなさい」と言って、そののちに相対的な世界を見つめなさい。

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万民を抱いて与える者は、万民から受ける者である。

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人を恥ずかしく思わせる私となって、神様に褒められる私となれば、相互関係において喜びでもって因縁づけられる。

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み旨の前に変わることのない者となろう。神様は永遠に信ずることのできる不変の子女を探しておられる。

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神様にとっては、きょうでなく、永遠を誇れる人、その一人が問題である。

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心と体が一致した生活をしたとしても、それだけでは最善の生活だといえない。それが、さらに神様のみ旨と一致してこそ善だといえる。

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勝利的主管者になるためには、最高に悲惨な立場で勝利しなければならないし、それでありながらも、敵を愛することのできる寛大さをもたねばならない。

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善なる人とは、神様のみ旨と一致した生活をする人をいう。すなわち、神様のみ旨の方向と人間生活の方向性が一致したとき、その生活は善として現れるのである。

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我々の体は、聖地に代わり、我々の心は天に代わり、我々の心情は天の父に代わって、自分が位置した所を尊くしなければならない。

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世界の人類を三種類に分類すれば、善の基準を標準として見るとき、反対の人、善を知りながらも積極的に出て自分のものとすることができず、緩衝地帯に住んでいる人、そして、善を私の責任としてなそうとする人の三者に分けることができるが、み旨の前には、最後の人が必要なのである。

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人格者とは、自分のことを早く済ませて、他人のことをまず考える人のことをいうのである。

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仕事をたくさんやって話が少なければ勝利し、仕事をやらないで話が多い人は失敗する。

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熱い人、味のある人、必要な人、手本となる人、先犠後喜する人、情勢と使命を分別する人。

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「神様を知ること」を生活の標語として、どこにおいても神様を探し、発見する生活をしなさい。

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大木であるほど、各種の鳥が集まるように、糞をつけて歩いたとしても、内容を整えて歩めばよい。天地の拍子に合わせて快く踊れる素晴らしい人となりなさい。

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体面を失うな。

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先生は無一文である。しかし世界を驚かせようとする。先生に自慢があるとすればこれであろう。

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私が食べて、寝て、なす一挙手一投足が何のためにあるかを常に考えなさい。

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きのうを誇れる者、きょうを奪われない者、あすを待つ者。

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人を判断するためには、三年以上研究しなさい。

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一二〇名の心に合わせることができて初めて、イエス様の家族の中に加わることができる。

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天宙主管を願う前に、自己主管を完成せよ。これが私のスローガンである。神様の愛と生命と真理も自己主管の上で広げられていくようになる。

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環境によって変わる葉となるな。

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美しいものは単色ではない。多くの曲折をもってこそ人生は豊かになる。

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み言より実体がもっと重要だと思って進みなさい。そして実体復帰運動に貢献しなさい。

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人はこれからどうなるかが問題ではなく、私の心情・私の内的基準・私の主体的価値がどうなっているかが一番重要なのである。

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自分が無限なる価値的基準の上で因縁を結んで立っていれば不変である。慌てたり性急な者は、大体相対的な価値や相対的になった目的のみを見つめているためである。

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人間は神様の実体である。ゆえに神様は、私を通して喜ばれる。しかし私が、ねたみ・しっと・驕慢のような堕落性によって欠陥のある実体だとすれば、どうして神様が私を通して喜ばれることができようか。

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私は私個人の所有物ではない。私は六千年歴史の結実体であるので、歴史的共同所有物なのである。

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天も私の体、地も私の体、万民も私の体である。天と地と万民を私の体のごとく対することのできる人格がなければならない。

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人より豊かな人生をもとうとすれば、人より豊かな(長い期間が過ぎても忘れられない)余韻をたくさんもたねばならない。

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平坦な人生を歩もうと願うな。曲折が多い自然はかえって見るに美しいではないか。

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人間はまず必ず、必要な人、いてもいなくてもいい人、いてはならない人とがある。

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み旨の中で見物者となるな。祝いの席で不必要にうろうろする人は、全体に支障ばかりもたらす。

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神様は私の生活を通して喜びを味わおうとして私を訪ねられた。

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この世では、貧しかったら受けることを願うが、我々は貧しい中でも与えなければならない。

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最後の勝利は我々が一番貴重なものまでも無限に与え、無限に愛し、無限に犠牲になるところにある。今日アメリカが全世界を支配しようとすれば、自由陣営のみならず、その範囲を広げ、共産陣営にまで分け与えて屈服させなければならない。

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この世を「コンパス」で測るごとく生きるな。

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しかる前に、彼の立場に立って、彼よりは私がよくやるという自信をもつようになったとき、まず良い点を褒めてあげてしかりなさい。

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我々は真理の開拓者であり、生命の開拓者であり、愛の開拓者である。ゆえに、私は新たに手に触ってみよう。この手を通して願いを果たそうとなさる神様がいらっしゃることを知ろう。私を通して、実体に触ってみたいし、兄弟を訪ねたいし、世界を救い出して、主管なさりたい神様がいらっしゃることを深く心に刻んで、目も鼻も耳も口も、全部私のものでなく神様のものであるという観念を徹底しよう。

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天宙はあなたの材料。大きくて広いけれども、あなたの心の中に出入りする。

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与える時に受けようとすれば滅びてしまう。我々はもっているものがなくても与える心情で生活していこう。

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我々は健康もお金もないが、他人を幸福にし、かつ善良にしよう。

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神様は信仰の王様でいらっしゃるので、信仰の王子を尋ねられるのであり、神様は愛の王様でいらっしゃるので、愛の王子を探し求められる。

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未来の私を誇れることと神様の前に立たなければならない未来の私を思いながら苦労をし、戦いなさい。

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復活しなければならない私が残っていることを知って、未来に現れなければならない姿を重要視しなさい。

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変わる善を中心としては一つの世界を成すことができない。中心は揺らがない。深いほど穏やかである。太平洋を見なさい。表面では嵐が起こり、波も立つが、深いところは静かである。それに学びなさい。

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こまの中心は回るのか、回らないのか分からない地点である。この世がいかに混沌としようとも変わらない中心をもって生活していこう。

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与えたものを覚えておくと、必ず返してもらいたいと思うようになる。与えながらも覚えまいと努めなさい。

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天的な威信と体面と意地を立てようとしなければならない。

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友人に与えると約束したものは必ず与えなさい。約束を破ることは、あなたの人格を損なうものである。

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神様は無形の神様、アダム・エバは実体の神様。人間が完成したとしたら、神様の血と肉と心情をもった人となったであろう。最後の一番大きいものをもつ前には所有観念をもつな。

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大きい器を準備しなさい。小さい器には早く水を入れることができるが、それからあふれ出る水は少ない。しかし、大きい器に水を入れるのは大変だが、黙ってあふれるときには莫大な水となる。

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金の価値は、火の中に入れられても、その本質が変わらないところにある。人間の価値ももし苦労の道にぶつかって、その志が変質するとしたならば、人格者といえないだろう。

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今日まで歴史はみ言を立ててきながら、実体を立てるための準備をなしてきた。しかし、我々は、み言と共に実体に対し、実体と共に心情の因縁を同時に結ぶことのできる環境圏内にいるので、歴史始まって以来一番恵まれた者だといえよう。

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私が堂々と生きて堂々と最後を結ぶことは、ほかの何を得るよりも大きく、ほかの何を失うよりも貴いのである。

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神が求める人は無限に潤沢であり、無限に味のある人である。

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ない中においてよく与える人なら、ありさえすればどれほどよく与えるだろうか。

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私が因縁を結んでいく人には「マイナス」にならないようにしなければならない。

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真理の神として現れた聖霊、生命の神として現れた聖子、愛の神としておられる神様を遠い希望のところにおかないで、私の心を中心として引っ張ってこようとしなければならない。

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柔和謙遜な高い価値の心の前に低い価値の人格がぶつかれば、かえって壊されて吸収されるのである。

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私が神の性稟と型に合うためには、神が悪人の心にも和合なされ得る高い価値の愛の本体であるので、私一個体もどのような悪人にも和合し得る人格を整えなければならない。

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イエス様は麹であった。麹は和合の原料である。イエス様は神の愛を紹介しようとして来られた方であり、父の代わりになられる方であったので、サタンまでも愛して復帰しなければならない麹として来られた方である。

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麹は和合の原料である。全体を溶かすことのできる麹となりなさい。

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堕落した人間の最後の目的は、神様が本来の創造目的として下さった自我の自主性、尊厳性および価値性を回復することである。

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一言誤って三週間祈ったことがある。

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善なる人とは犠牲になる人であり、愛を誘発させる人である。

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円満な人とは、四方性が整った人のことである。

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十年でなった木の実は、十年間の木の精髄が投入されたのである。

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沃土は種が完全に生長することのできる土地である。沃土は自分のためにあるのではなく、種のためにある。

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「言ってあげることがある」、「見せてあげることがある」、「残してあげることがある」と言えるようになれば、世界を主管することができる。

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見せてあげることができ、自慢し得る者となろう。

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神が願う価値的な存在は、永遠に共に語り、共に生き、共に行動したい人である。

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人格の中心は、真理にあるのではなく心情にある。

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心の闘いに勝利できない者は外敵との闘いに勝てない。

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先生は死んでも怨讐に対する敵対感情をもっていない。ゆえにみ旨は勝利する。

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貴い宝物を預けることのできる人とならなければならない。

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天宙が好む人となろう。

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皆さんが歩んだ道に対して、あとについてくるすべての人々が頭を下げて礼をすることのできる道を残していかなければならない。

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現れない生命力をもって、現せる私とならなければならない。

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我々の目標は、堕落前のアダムに帰らなければならない。堕落前のアダムは、神様だけを知って恐れがなかったので、我々も神様だけに侍って恐れを知らない立場に帰らなければならない。

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我々はどのような人とならなければならないのか。神の代わりに生きる人とならなければならない。

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み旨のために闘い倒れて死ねば、そこに香木を植えて、その香木を摘んで万民に向かって香をたいてあげられる人とならなければならない。

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歴史的にいくら偉大な人を望んだとしても、現実に現れた一人の価値を知らなければならない。皆さんはなくてはならない一人として、このみ旨の道を出発した。主体性をもった現実的な自我を整えなければならない。個性真理体は宇宙史的な現実の焦点と同じである。

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千遍万遍死んだとしても、神が自慢することのできる息子、娘になろうとしなければならない。神(天)を輝かせるのに、私が肥料になり土台になろうとしなければならない。

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生命の源泉がどこにあるのか。自分がもっている価値を知らずにいて、それがほかの人の手に渡ったらもったいなくて痛哭する者となってはいけない。

先生が知っていることは、神が私を同情せざるを得ないという事実だけである。

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耳、目、口、鼻が整った顔が美しい顔ではなく、心と体が完全に良く和合された人が世界で最も美しい人である。

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全体目的は個体目的を支配する。しかし個体目的を遂行しなければ立つ場がない。

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一番高い頂上を占領しようとするのも良いけれど、深い谷間を占領して抱いていれば永遠なる主人となる。

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仕事をしたあとでも、神が自分に対してくれることを申し訳なく思わなければならない。

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人格者は、見て聞いて行う人である。善を中心として見て聞いたことを行うことができないとき、悪主権内に立つしかない。生涯において善なる結果を残すことができなければ、これまた負債を負った者である。

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サタンの讒訴条件に引っ掛かることがなくて初めて、神様は自分の息子として立てて命令することができる。

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個人的な自慢の実績がなくては「我々」の自慢をすることができない。

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物質を主管することができなければ、大きいことをなせない。最も窮地に追い込まれたとき、そこにおいて小さな物質が生涯の全人格を破綻させることが起こるものである。

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愚かな者は姿形を見て喜び、知恵のある人は内容を見て喜ぶ。

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不義を見てそのままにしておく者は良心家ではない。

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すべてのものを最も貴く思える人は監獄にいる。

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人間が無限なる人格の場を自分も知らずに望んでいるのは、主体的な立場におられる神様が無限なる人格の主体としておられるからである。

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言葉で人格を評価するときは過ぎ去り、これからは愛でもって人格を評価するときである。

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自慢は歴史的な自慢をしなさい。天道というのは見えない権威がある。人格者は歴史性をもっている。

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恐ろしい人は神を抱いて耐え忍ぶ人である。

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信仰者は変わらぬ人格をもたねばならない。