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第二節 人間の責任分担

一 間接主管圏と直接主管圏

1 間接主管圏

原理の中に責任分担という言葉がありますね、責任分担? なぜ責任分担というものがあるのでしょうか? 人は大きく成長しなければなりません。成長して上って行かなければなりません。十五・十六・十七・十八歳、思春期まで長成しなければならないのです。ここから中央まで上がろうとするならば、成長していかなければなりません。大きくなろうとするので、そのときまで待たなくてはなりません。そのため、統一教会では、これを原理結果主管圏といいます。直接主管圏、原理結果主管圏があるというのです。直接主管圏と原理結果主管圏。成長して成熟するときまで到達しなければ、愛が分からないのです。どんなに努力してもです。だから成長するまで待つのです。

そうして平面的な極から二つが一つになるとき、神様がぴったりそのときに来られて彼らに結婚式をしてくだされば、それで済んでしまうことです。(一三七・一〇〇)

皆さんは原理の内容を知らなくてはいけません。原理原則で人間がつくられたときに、二十歳を中心に間接主管圏を設けられたというのは、人間が成熟することを望まれる神様にとっては、避けようのないことだったと理論的に解明できます。分かりますか?

原理主管圏をなぜつくられたのですか? これをつくらなければ成熟するための限界、時をつかめなくなってしまいます。思春期という時をどこに決めるかです。それで原理主管圏、思春期の時になるまで待つわけです。ですから、愛においては神様がすべてを干渉してはいけないのです。人間が必要とするものは何かというと絶対的な愛です。(一四八・一五〇)

私たち統一教会の原理を見ると、間接主管圏と直接主管圏があります。しかし、人間が堕落することによって、間接主管圏だけにいるようになってしまったのです。直接主管圏はいまだに連結されていないのです。アダム・エバが責任を果たせないことから、間接主管圏から直接主管圏へと連結することができなかったのです。ここで責任分担が関係してきます。そのため、復帰摂理は責任分担のために何度も延長されてきたのです。それを知らなかったのです。

神様の直接主管圏に連結される、神様の愛の圏内に行くためには、間接主管圏で何をしなければならないのでしょうか? 完成するためには、自分の責任分担を完成させなければなりません。(一三九・二三一)

2 直接主管圏

人間が責任分担を完成した後には、何が成されるのでしょう? それは何かというと、人間の責任分担とともに、神様の直接主管圏内に入れるということです。それを知らなければなりません。原理がそうなっているでしょう?(はい)。

そのようにして直接主管圏に入った後、神様が何を中心に直接主管されるのでしょうか? お金を中心として? 能力を中心として? 何を中心に主管するのでしょうか?(愛です)。そうです。愛、愛なのです。そのときには、アダム・エバは神様の祝福を受けて神様の愛の圏内に入るのです。アダム・エバが愛の圏内に入り、その愛の圏内で一致した後、神様の愛を平面世界へと広げていく時代が地上天国の基盤です。(一二四・三〇六)

神様の愛を中心にして完全な神様の愛が現れたときには、サタンは出てくることもできなくなります。それが責任分担の完成です。責任分担を完成していたなら、間接主管圏と直接主管圏において愛の因縁が結ばれるのです。そこから縦的な愛と横的な愛が連結されるのです。(一七三・二八六)

何度も話しましたが、責任分担圏というのは愛を中心として一つになった位置ではないですか? 完成に向かい、縦的な神様と連結されたときに、間接主管圏と直接主管圏が連結されるのではないですか? 違いますか? そこにはサタンがいません。直接主管圏と間接主管圏が連結されると心情圏が連結されるので、サタンが存在できないのです。その前に堕落したから問題なのです。(一七二・一九八)

責任分担を持った統一的直接主管圏の一致点というものは、理想的父母の愛においてのみ可能なのです。